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仮面ライダー1号

普段はライダー映画を見ることは少ないけど、今回は藤岡弘、を見たくて足を運んでみた。ネットでも言われてたけど、たしかにコレはライダー映画というよりも「藤岡弘、哲学」の映画というところ。いやまあ哲学と言っても、昭和の時代では素で語られた人生訓と言ってもよく、何も特別なものではない。ただ、平成の世になってその価値観が大きく変わってしまったので、お子さんや若い世代にはある種新鮮(またはウザい)内容に聞こえるのも致し方がないだろうし、それでもあえてここで語ったというのがポイントなのだろう。藤岡弘、…いやさ本郷猛がそのことを学生たちに語っていた時の学生側の反応は、そういう状況を理解した上で、本来の視聴者目線のキャラをそこに置いたというスタッフの考えだと思うし、正しい判断だろう。
平成昭和の対比は世代間の思想(ライダー含む)だけでなく視覚的にも準備されていて、特にショッカーのアジトが意識的にそうしていたのが面白かった。NOVAショッカーは最新ビルに経済戦にCG光学エフェクト使いまくりだったのに、本家ショッカーはまさに「スタジオの手作りセット感」(地下施設も祭壇も)になっていて、これも絶対にスタッフがあえてやっているよなと思われる。そういう細かい気配りが色々嬉しい。
でまあ、内容は本当に藤岡弘、だ。ライダー変身前から物凄い存在感を放っているし、人間状態でのパンチやキックが「これ、普通に重そう」とひと目でわかる。今の戦隊やライダーでは基本的に演出やエフェクトで破壊力を表現するので、役者の存在感と数十年に渡る武道の下積みのあるアクションは恐ろしく新鮮だし、「うん、絶対強いわ、これ」と有無を言わせぬ説得力にも繋がる。いやまあ、これできる若手の役者さん、いるはずないですけど(苦笑)。
物語の細かい部分を突っ込み始めたら多分キリがないので、そこはとにかく目をつぶる。まあでも…ライダー復活のところはもう少しなんとかして欲しかったなあというのはあるかな。いや確かに演出的にはあるかもしれないけどさ、流石に「イヤボーン」的な展開は作中の本郷猛の生き様からするとお手軽すぎた。何らかの理由で地獄大使に拉致されて、「宿敵だからこそ実力を知っているので再改造で仲間にするのだ」ってかんじで「悪堕ち」的な最新再改造を施されて、最終洗脳の直前で…とかの方がかっこいいかなあ。
で、致し方ないけど平成ライダーは完全におまけ。ラストの「とりあえずいつものノリで何でも変身でやっつけろ」展開は、一つくらいそういうの入れとかないと「本来の客層である小さな子どもたち」が我慢できないという配慮だと思うけど、それまでのシーンが重すぎるのでむしろギャグシーンになっていた。そして地獄大使。どう考えても準主役。あの二人に流れる思いや因縁は、完全に昭和世代を知っていないと「?」しか出てこないだろうなあ。いや私はあそこ、感涙モノでしたけど…せっかくだから、この二人をメインに純粋な1号をもう一作作ろうよ、客層を完全に上にシフトして平成抜きにしたやつで。
まあ色々感想はありますが、仮面ライダーはそう詳しいわけではない昭和世代のおっちゃんにとっても、何故か所々で涙が流れておりました。はい。